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伊藤淳士(2006) 生産履歴を電子化し、農薬の適正使用を支援

              農業および園芸 81巻6号: 664-669.

 著者は、本論文で、農産物の生産履歴の電子化技術の導入と問題点について述べている。このような研究を行った背景には、最近のわが国における狂牛病や無登録農薬事件の発生を端緒として、食の安全性への関心が高まり、これを受けた農薬取締法の改正により農薬使用の遵守の厳格化や罰則の強化(違反者に対して3年以下の懲役、または100万円以下の罰金)が定められたこと、農林水産省が「食の安全・安心のための政策大綱」で、トレーサビリティーシステムの導入を打ち出したことを挙げている。

 農業現場における生産履歴の記帳と活用について、北海道農業協同組合中央会が2004年に道内の農協を対象に行った調査を紹介している。それによると、生産履歴の記帳農家割合は、耕種部門で9割以上、果樹で8割弱、畜産で5割強となっている。履歴データを活用しているのは、ほとんどが耕種部門で5割前後であり、全体的に上手く活用されていない。農協での履歴データの電子化は1割前後と低く、これが生産履歴の活用の進まない原因とされている。また、生産履歴を出荷規制に活用している事例は、1割前後であると述べられている。現状の生産履歴の活用は、主に「情報開示」に使用されているようである。

 著者らは、生産現場での厳密な農薬使用を支援するため、農薬使用基準の検索や、農薬使用履歴が適正であるのか否かの検査をコンピュータ(PC)上で行える「農薬適正使用診断システム」を開発し、その実証試験を実施している。このシステムでは、全登録農薬、全作物を対象として、農薬の使用方法が、定められた基準を満たしているかどうかを診断できる。農薬の使用履歴をインターネットで送信すると、その使用方法が適正であるかどうかの診断をパソコン上で閲覧でき、違反が疑われる場合には警報が出るという。一部の機能は、携帯電話からも使用できるようである。しかし、本システムの利用に当たっては、日本植物協会が運営するJPP-NETと別途契約を結ぶ必要があるとのことである。

 著者らが開発した診断システムは、農薬使用前と使用後の両方で適否を診断できる。農家がこれを使う場合には、農薬使用前での判断に有効であり、使用後の診断については農協等で大量の使用後検査を実施する際に有効であると述べられている。

 著者らは、北海道内の農協の協力を得て本システムの実証試験を行った。この農協では、記帳された生産履歴をOCR(光学式文字読み取り装置)によって電子化するシステムを開発しており、これを用いて全ての生産履歴を電子化している。そこで、このシステムと「農薬適正使用診断システム」を連動させることによって、農家から提出された全ての生産履歴をPCを用いて検査することができるようになった。また、事前診断のために、農家がPCや携帯電話のブラウザ(インターネットを閲覧するためのソフト)上で履歴を記帳できるシステムを開発した。さらに、携帯電話のバーコードリーダーを利用して、薬剤びんなどのラベルに印刷されたバーコードから農薬名を直接読み取り、オンラインで記帳するシステム(村上ら、2005)にも対応可能とした。

 農薬は、同一の有効成分を含む場合でも、農薬メーカーが異なると使用基準が違っていたり、適用作物の範囲が違っていたりするので、農薬と適用作物とのマッチングがかなり複雑であり、これらに対する完全な対応が課題であると述べられている。

 著者らの研究は、農作物の安全性を求める社会的な要請に応える時機を得たものであり、実際に農業現場でこのシステムの有効性を実証して課題を考え、更なる改善を積み重ねるなどの技術的発展がみられる。時節柄、これまでの成果の集大成として、農家によって手軽に、かつ低コストで使用できるシステムを早急に構築し、実用化されることを期待したい。 ( 2006. 11. 20 M.M.)
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